実家の近くの公園に急斜面の、ほぼ地面に対して垂直に延びる大きな滑り台がある。
滑り台の上には多くの子どもたちがにぎわい、お父さん、お母さんたちが下の方で見守る。
しかし実際に滑ってくる子は数えるほどで、ほとんどの子は上までは行ったものの、目の前で見るその急斜面に尻込みして滑り出せずにいる。
私の甥っ子もその一人。帰省した際に兄と甥っ子と一緒にその公園に訪れた。
甥っ子のすぐそばで、中々滑り降りることができずに長い間座ったままの白人の女の子がいる。
ガタイのいいお父さんが早く滑るように声をかけるが、それでも滑り出せない。
痺れを切らせたお父さんがこっそり滑り台に上り、娘の背後へと近づく。娘を持ち上げ、そのままポンっと押し出すようにしてほぼ強引にスタートを切らせた。
勢いよく滑り降りてきた女の子。その表情は恐怖ではなく実に楽しそうな表情だ。
「なんだ、滑ってみたらそんな怖くないじゃん」
とでも感じたのか、その後は何度も何度も上っては滑るを繰り返していた。さっきまでの恐怖はなんだったのか、とでも言うようだ。
しばらく前の出来事ではあるが、ジュニアの陸上競技会に帯同した際にふとこの光景を思い出した。
「スタートブロックは使わないとダメ?まだ自信ないから使わないでいいなら使いたくない」
100mのレース前にブロックを使うことを渋る、公式の競技会に出るのは初めての子。
「長い距離は無理」と800mに出ることを散々渋っていた子。
「1500mなんて走れるか分からない」と短距離走以外は初めてのレース前に、過剰に緊張する子。
こんな時、背中をポンッと押してまずは初めてのスタートを切らせる。未知の領域に押し出す役割の誰かがいることは重要な気がする。
経験がなく、想像のみで作られた未知で恐怖の世界が一気に晴れる瞬間でもある。
「次はこう改善したらもっとスタートがよくなる」それ以降はなんの躊躇もなくスタートブロックを使ってレースに挑み出す。
初めての800mのレース以降は自ら800mを軸に取り組みだす。
「1500mが一番好きな距離」と短距離から中距離に切り替えて、レースを楽しみだす。
もちろん初回から急な斜面の滑り台を躊躇なく滑る子がいるように、初めてのレースにためらいなく挑む子もいる。
その一方で、その一歩を送り出してくれる人がいるかどうかは、その後に大きな違いをもたらす。
大人の方から「走れるようになりたい」と相談を受けることがある。「1kmも無理なんです。」「そんなペースでは走れないです」
まだ体感してない距離やペースに恐怖を抱き、踏み出せない人は多い。
でもやってみると「案外できるもんですね」とスタートを切ったことで自信を持つ人たちもいる。
この点は大人、子供ともに大きな違いはないのかな。
さて我が甥っ子を無理やり滑らす兄。滑ったものの、2回目を絶対にやらないと言い張る。
まぁ、当然こんなパターンもある。

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